大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所川崎支部 昭和41年(ワ)308号 判決

原告 中里春太郎

右訴訟代理人弁護士 平田半

被告 堀口倶正

右訴訟代理人弁護士 熊倉洋一

主文

一、被告は、原告に対し金二〇、七九二円およびこれに対する昭和四一年九月二六日より支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、被告は、別紙目録二記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを二分し、その一を被告、その余を原告の各負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告

(一)被告は言告に対し金四〇七、八四四円およびこれに対する昭和四一年九月二六日より支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二)主文第二項と同旨。

(三)訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および第(一)項につき仮執行の宣言を求める。

二、被告

(一)原告の請求を棄却する。

(二)訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告は、昭和三八年八月一九日被告より金六〇〇、〇〇〇円を、弁済期同三九年八月一八日、利息月五分、毎月前払、遅延損害金月五分の約で借り受け、この貸金返還債務の履行を担保するため、別紙目録一記載の建物につき、代物弁済予約、抵当権設定契約および停止条件付賃貸借契約を締結し、同目録二記載の各登記をした。

二、原告は被告に対し、昭和三八年八月一九日から同四一年九月一日までの間に、別表記載のとおり、計三五回にわたり、同三八年八月一九日から同三九年八月一八日までの間は前記約定にもとづく貸金の利息として、同月一九日以降は同じく遅延損害金として合計金一、一四五、〇〇〇円の支払をした。

ただし、昭和三八年八月一九日における金三〇、〇〇〇円の利息の支払は、同日被告が原告に貸金を交付する際これを天引したものである。

三、利息制限法によれば、前記貸金に対する月五分の割合による利息および遅延損害金の契約は、同法所定の制限(利息については年一割八分、遅延損害金については年三割六分―日歩九銭八厘)を超過する部分につき無効である。したがって、原告が被告に支払った前記利息および遅延損害金は、法定の制限内においてのみそれぞれ利息債務および遅延損害金債務に充当され、その余はその都度元本債務の一部に充当された。その充当の状況は、別表記載のとおりである。

四、原告は右充当の関係に気付かないで、昭和四〇年七月一日元本債務残額金五二、一六二円に対して金九〇、〇〇〇円の支払をしたほか、その後計一二回にわたり元本債務はもとより利息債務ないし遅延損害金債務も存在しないのに計三七〇、〇〇〇円の支払をしたものであるから、被告はこれによって合計金四〇七、八三八円を不当に利得した。

よって、被告に対し、その返還とこれに対する訴状送達の日の翌日(昭和四一年九月二六日)より支払ずみまで年五分の割合による損害金の支払を求める。

五、原告の被告に対する本件貸金返還債務は、前記のとおり完済によって消滅したから、この債務の履行を担保するためになされた第一項記載の各契約もまたその効力を失った。よって、被告に対し別紙目録二記載の各登記の抹消登記手続を求める。

第三、答弁

一、請求の原因第一項は認める。

二、同第二項中、被告が金三〇、〇〇〇円円の利息を天引したことおよび原告が昭和三八年九月一日、一一月一日、一二月一日、に各金三〇、〇〇〇円の利息の支払をしたことはいずれも否認し、その余の事実は認める。

三、同第三項中、本件利息および遅延損害金の契約および原告による各回の支払額が利息制限法の制限を超過するものであることは認めるが、その制限超過部分が元本債務に充当されたとする原告の主張は争う。

第四、抗弁

原告は被告に対して、いずれも任意に、その主張のような利息および遅延損害金の支払をしたものであるから、利息制限法の制限を超過する部分についても、被告に対してその返還を請求することはできない。よって、原告の本件不当利得返還請求は失当である。

第五、抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実は否認する。原告の妻中里厚子は、昭和三九和三月一日原告方において、被告のため同月分の利息の取立に来た訴外某(被告の弟)に対し、支払の猶予を乞うたところ、同人は厚子に対して「気をつけて物を言え。お前の家には子供がいるだろう。兄貴はこわい人だ。」などと申し向けて厚子を畏怖させ、次いで同月三日ふたたび同訴外人は、取立のため原告方を訪れ、厚子が金一〇、〇〇〇円の支払しかできない旨を告げたところ、前同様の言辞を弄して強迫をくり返した。原告は、厚子より右の事実を聞いて畏怖し、子供の安全を考えてやむなく約定の利息および遅延損害金の支払を続けてきたものであって、任意にこれを支払ったものではない。

証拠〈省略〉

理由

一、(請求の原因第一項について)原告の主張事実は、当事者間に争いがない。

二、(請求の原因第二項について)原告の主張事実中、被告が本件貸金の交付にあたって金三〇、〇〇〇円の利息を天引したこと、および原告が昭和三八年九月一日、一一月一日、一二月一日に各金三〇、〇〇〇円の利息の支払をしたことは、〈証拠〉によっていずれもこれを認めることができ、その余の事実は当事者間に争いがない。

三、(請求の原因第三項および第四項について)本件金銭消費貸借契約における月五分の割合による利息および遅延損害金の契約中、利息については年一割八分、遅延損害金については年三割六分の各割合を超過する部分が利息制限法によって無効とされるものであることは、原告主張のとおりである。

しかしながら、同法は、一方において、同法の制限を超過する利息および遅延損害金の契約を無効としながら、他方において債務者が右制限超過部分を任意に支払ったときは、その返還を請求することができないものとしているから、結局右にいわゆる無効とは、利息債務または遅延損害金債務の存在自体を否定する趣旨ではなく、その存在を認めながら、これを強制力のない一種の任意債務とする趣旨であると理解するのが相当である。したがって、本件の場合も、前記無効な契約にもとづく原告の利息債務および遅延損害金債務の存在自体はなおこれを認めることができるものといわなければならない。

原告が被告に対して昭和三八年九月一日から同四一年九月一日まで前後三四回にわたり計金一、一一五、〇〇〇円の支払をしたことはさきに認定したとおりであるが、これらの支払が、昭和三九年八月一八日までの期間についてはいずれも前記約定にもとずく利息の支払として、同月一九日以後の期間についてはいずれも同じく遅延損害金の支払としてなされたものであることは、原告の自認するところである。

原告は、右の各支払金額中法定の制限を超過する部分はその都度元本債務の一部に充当されたと主張するが、前記のように法定の制限超過部分についても利息債務および遅延損害金債務の存在を否定しうるものではないのであるから、原告が約定にもとづく利息または遅延損害金として前記支払をなしたものである以上は、その支払金中法定の制限超過部分が当然に元本債務に充当されるべきいわれはないといわなければならない。

のみならず、債権者は、元本債務の一部についてはその弁済の受領を義務づけられないのであるから、この面からみても、債権者である被告が右制限超過部分を約定にもとづく利息または遅延損害金の支払として受領しながら、その意に反して、当然にこれが元本債務の一部に充当されるという不利益を受けるのは相当でないというべきである。(なお、利息制限法第二条が天引利息の元本への充当を認めるのは、契約当初の元本額を修正するための法技術的手段として充当の概念を借りているものにすぎないから、契約成立後における利息の支払をこれと同一に取り扱うべき筋合のものではない。)

しかしながら、ひるがえって利息制限法の立法趣旨を考えてみると、同法は、金銭消費貸借契約における利息および遅延損害金につき一定の制限を定め、債務者に課せられた利息の負担をその制限内に軽減するとともに債権者が得ようとする利息収入の限度をその制限内にとどめることによって、金融取引における当事者間の実質的衡平を維持しようとしているものと解されるから、この立法趣旨に鑑みるときは、債務者から債権者に支払われた約定利息ないし遅延損害金の合計額が、元本およびこれに対する法定制限利息ないし遅延損害金の合計額に達したときは、もはや債権者の受くべき満足は同法の許容する限度に達したものというべきである。しかりとすれば、その時点において、右の支払利息ないし遅延損害金中制限超過部分を元本債務に充当し、それによって一切の債務が完済されたことなる効果を認めるのが相当である。

本件についてこれをみると、

(1)まず、当事者間の契約において定められた元本の額は金六〇〇、〇〇〇円であるが、前示のように被告は右元本から金三〇、〇〇〇円の利息を天引してこれを原告に交付したものであり、この利息は弁論の全趣旨からして昭和三八年八月分の利息として天引されたものと認められるから、利息制限法第二条により元本の額から右天引額を控除した残額金五七〇、〇〇〇円を元本として計算すると、契約成立の日である同月一九日から同月三一日まで一三日分の法定制限利率一割八分の割合(ただし一年を三六五日として日割で計算)による利息額は、金三、六五四円となり、前記天引額中右金額を超える部分金二六、三四六円は、元本の支払に充てたものとみなされる。これによって、本件金銭消費貸借契約の元本は金五七三、六五四円となる。

(2)そこで、右元本額を基礎として、これに対する昭和三八年八月一九日から弁済期である昭和三九年八月一八日まで一年分の法定の制限利率一割八分の割合による利息額を計算すると金一〇三、二五七円となる。ただし、そのうち金三、六五四円は前記のように天引によって支払ずみであるから、残額は金九九、六〇三円である。

(3)次に、前記元本額に対する弁済期の翌日である昭和三九年八月一九日から同四一年八月一八日まで二年分の法定の制限利率年三割六分の割合による遅延損害金額を計算すると、金四一三、〇三〇円となる。

(4)さらに、前記元本額に対する同年八月一九日から原告が最後に金三〇、〇〇〇円を支払った同年九月一日まで一四日分の前記制限利率(ただし一年を三六五日として日割で計算)による遅延損害金額を計算すると、金七、九二一円となる。

以上(2)(3)(4)において算出した利息および遅延損害金の合計額は金五二〇、五五四円となり、これに前記元本の額を加えると金一、〇九四、二〇八円となる。

他方において、原告が被告に対し、昭和三八年九月一日から同四一年九月一日まで計三四回にわたって支払った約定の利息および遅延損害金の合計額は金一、一一五、〇〇〇円であるから原告の支払額は、原告が最後に金三〇、〇〇〇円の支払をした昭和四一年九月一日において、本件貸金の元本とこれに対する法定制限利息および遅延損害金との合計額に達し、かつ原告は金二〇、七九二円を過払いしたものと認めることができる。

してみれば、この時点において、原告の右支払額中法定の制限超過部分は元本債務に充当され、原告はそれによって本件金銭消費貸借契約による債務を免れ、他方被告は金二〇、七九二円を不当に利得したものといわなければならない。

四、(被告の抗弁について)利息制限法は、債務者が同法の制限を超過する利息または遅延損害金を任意に支払ったときはその返還を請求することができないものとしているけれども、この規定は、元本が完済された後の支払については適用がないものと考えるから、債務者は元本完済後その事実を知らないでした支払については、たとえこれを任意に支払った場合においても債権者に対してその返還を請求することを妨げられないものというべきである。

したがって、本件においては、原告が前記過払金を任意に支払ったかどうかを審究するまでもなく、原告は被告に対してその返還を請求しうるものといわなければならないから、被告の抗弁は採用しない。

五、(請求の原因第五項について)原告の本件貸金債務がすでに消滅したことは前示のとおりであるから、これに伴って右債務の履行を担保するためになされた原告主張の各契約もまた失効したものというべく、したがって被告は原告主張の各登記の抹消登記手続をなすべき義務があるといわなければならない。

六、(結論)以上に認定したところから明らかなように、原告の本訴請求は、被告に対して金二〇、七九二円の返還およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四一年九月二六日から支払ずみまで年五分の割合による損害金の支払、ならびに別紙目録二記載の各登記の抹消登記手続を求める範囲においてのみ正当であり、その余は失当である。

よって、右に正当と認めた範囲内で原告の請求を認容し、その余の請求を棄却する。〈以下省略〉。

(裁判官 水田耕一)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例